この年齢になると周りには耳障りの良いことを 言ってくれる人ばかりになる。 摩擦を避け、当たらず障らず良い距離感で、 というのが大体の大人が考えることだと重々わかっている。 でも、良いことも時にはカチン!とくることも 言ってくれる友人たちの存在にこのところ 支えてもらっているなぁ、と思うことが多くなった。 良いことばかりを言ってくる人を正直なところ信用しづらくなった。 本当はどう考えているのだろう?と。 この世代特有の自己肯定感の低さから 「え?私、裸の王様化してないか?」と。 むしろ言いにくいことを言ってくれたそのタイミングは 自分を変える時期だと教えてくれるし、 今までとは違うことを始める時は誰だって怖いものだ。 でもその反面どんな世界が広がっているのか わくわくする気持ちも同時にある。 この好奇心はどうにも止められないから、友人たちの 術中にまんまとはまってしまうのだが。 ここ数年、周りに若い友人が増えた。 彼女たちの言葉を聞いていると本当に勉強になる。 ぼや〜んとしかけている私の脳みそに喝を入れてくれる笑 そして友人たちの愛の鞭を受けながら今日も頑張るのだ。
2019年にがんが見つかり 手術と1年半に及ぶ抗がん剤と分子標的薬 そして放射線治療を経て今の私がいる。 いわゆる、今現在における最高水準の治療である 「標準治療」をフルコースで受けた。 ある意味、今生きているのは奇跡。 運が良かったと思う。 同じタイプのがんでステージも近かった知人は もうこの世にはいない。 生物学を専攻していた私にとって 自分の細胞ががん化して暴走し始めたことを 妙に冷静に受け止めていた。 そして治療を始めてからは 何か実験をやっている心持ちだった。 看護師の友人は私が良からぬイカサマ医療などに 騙されないかと心配したそうだが 全くその素振りがなく、安心した、という 面白エピソードもあった。 大きな括りでいう「がん」を乗り越えた 友人たちが周りに多くいる。 もう生きているだけで奇跡。 そんな友人たちはみんな前しか向いていない 「これをやって失敗したらどうしよう」 なんてグズグズしていない。 自分に残された時間があるかどうかなんて わからないことを身をもって知っている。 失敗したっていい、やらなかったことに対して 後悔したくない。 誰かがよく言う 「死ぬこと以外かすり傷」 その言葉の通り。 いつか、いつか と言えるのは幸せだと思います。 グズグズする時間があってある意味羨ましい。 でも、もうやめない? いつか、なんて来ないことだってある。 会いたい人には今すぐ会いに行こう。 やりたいことは今すぐやってみよう。 誰のためでもない、自分のための人生だからね。 写真は大病を乗り越えた友人が作る美しい帽子を 被って、「やばー」と言っている私。 職人の手で編まれたブンタール。 今はもうもう編む人がいない。 地球上から消えゆく素材だ。 残っている希少なブンタール それらを形にしてくれた友人に感謝して その帽子を生涯大事に被っていこうと 決めた。 コスパもタイパもクソ食らえである。 そんなもの知ったこっちゃない。 ひとの手で生み出されるものは 今後もっと希少になるであろう。 何を書きたかったのかごちゃごちゃで わからなくなってしまったけれど まぁ、それもヨシ、ということで 今日はこの辺で。